2004年01月20日

君、切りたもうことなかれ:2

家に帰ってメールを見ると、キャンサーネットジャパンよりドクターからのメールが転送されて来ていた。

「最初に抗がん剤で小さくする方法も捨てがたい。セカンドオピニオンを取ってはどうか?」と。


決めた。
皆がそこまで言うのだから、きっと今の日本の医療現場ではセカンドオピニオンを取るのが常識なのだ。経験者サイトにも、セカンドオピニオンは必要だと書いてあった。健康で医療に無縁だった私が知らないだけなのだ。では、取らねば。

B先生に診てもらおうと考えたのは、ある患者さんのサイトで先生のおおらかな人柄について書いてあったから。そして、どーせ末期で死ぬなら、最後の治療くらい自分の学校の先輩にやって欲しいなあと思ったから。医学部には法医学の授業で一年通ったし、親しみもあった。あと、病院も家から一時間以内で通えるし、下りなので絶対ラッシュに巻き込まれないし。決定。


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nekome1999 at 00:00コメント(0)トラックバック(0)君、切りたもうことなかれ治療メモ(初発) 

2004年01月19日

君、切りたもうことなかれ:1

悩んだのはたぶん1時間くらい。
で、飽きっぽいので、もうイイヤと思った。

予定通り、手術を受け、入院し、リハビリし、抗がん剤やろう。スケジュールは最初決めたとおり。

部の新年会があった。
入院&手術で、しばらく飲みにも行けないと思ったので、残業を切り上げて行く。一次会の豆腐料理も美味しかったし、二次会のパブのギネス生はクリーミィでマイルドで、素晴らしかった。イギリスのパブの単位「パイント」というのが、多からず少なからず、ギネスを飲むのには丁度いい単位だとの議論になる。本場エールのあの生暖かさも、味わいを深くしているのだとか、実はどうでもいいとかの議論にもなる。禁煙したのにガンになったから頭に来て、タバコも吸う。

夕べはちょっと悩んだが、もともと悩むのが嫌いな性格なために、「面倒くさいから、もういいや」と結論していた。

いつも何だか自分の事がヒトゴトになってしまう。
他人の事はきちんと受け止められるのだが、自分の事を直接的に感受する能力が欠損しているのかもしれない。他人の相談を親身になって聞いたり、足労したり、泣いたり笑ったりするのはできるのだが、それが自分の事になると、どうでも良くなってしまう。自己発生的モティベーションが欠如しているとも言えるが、「自分の事がヒトゴト症候群」と勝手に名付けている。が、まあ、別に今までそれで困ったこともないように思えるので、どうでもいい。

ああ、そうだ。私は新人類と呼ばれた世代だ。
そう、もっと若い頃、上の世代は、私達世代の社会や自己へのアタッチメントのなさに嘆き、理解できず、「最近の若いものは」と酷評していた。そんな私達も、今ではすっかり中年になっている。ナニゴトにも距離を置いてヒトゴトで、現実感がないのは、別に私だけではなくて、この世代の特質のように言われてなかったっけ? そんな世代が中年になったかといって、いきなり感情豊かな熱血人間になれる訳はないのだ。いくらガンになったからといって、長年培われた冷め切った感覚に、急激な変化がもたらされる訳でもない。

相談メールを出した自助グループの会長さんから携帯に電話が、そしてメールも来ていた。要約すると、

・手術で全摘すれば治るなどと簡単に思わないで欲しい
・ハイリスクグループは慎重に治療計画を立ててから始めるべき
・しこりが大きくリンパ節移転がある場合は、まず抗がん剤がいいように思える
・セカンドオピニオンを聞いてはどうか?

なるほど…。と、会長さんより伺ったキャンサーネットジャパンのセカンドオピニオンにメールしてみる。
…ってか、ナニ? 私ってやっぱり「ハイリスク」なの? 知識が増えるのは素晴らしい事だ。


nekome1999 at 00:00コメント(0)トラックバック(0)君、切りたもうことなかれ治療メモ(初発) 

2004年01月18日

告知に至る道:5

「2週間で仕事に戻る患者さんもいる」

… と先生が言うから、安易に構えて、「切ったら治る」と思っていた。だから、仕事を休む段取りも付けた。確かにそういう患者さんもいるのだろう。しかし、「進行ガン」な自分は、そんなの無理っぽいと思ったら、「手術」すらイヤになってくる。どうせ死ぬなら、痛いのはイヤだし、手術する意味もない。


ネットで丸一日情報を探す。メール相談もしてみる。
「セカンドオピニオン」を取るべきと助言される。経験者のサイトを見ても「セカンドオピニオンを取るべき」とある。

治療というものは、もちろん患者それぞれの体質や治療歴などもあるので一律ではないものの、細かいオプション付きのスタンダードがあり、当然どの病院を選んでも最低限の治療は標準化され均一なのだと思っていたのだが、案外いい加減なのか?そうだ。幼馴染の医者友達も、学生時代からいい加減の権化みたいな人間だった。「死にたかったら、僕の病院に来るといいよう、エヘ」とか、よく言ってた。ナニソレ? 

彼もガンで死んじゃった。彼は医者一家。お兄さんは胃がんで、手術しても助からないって知っていたけど、外科医だったお父さんが手術を勧め、どうせダメだからと親の思う通りに手術して、そしてすぐに亡くなった。それを見ていた彼は、数年後、自分がすい臓がんだって判った時、「僕はヘタレだから、手術も抗がん剤もムリ。場所的にも無意味」と宣言して、「ま、3ケ月かな」の言葉通り、3ヶ月で亡くなった。友達皆でよく「ヤブ」とか「悪徳医者」とかからかっていたのだけど、実は「すごい名医」だったんじゃないか、なんて話したりもした。

そんな彼がもし、生きていて、今、私が「乳がんだから入院させろ」とか言っても、同じことを言うのだろうか?…ああ、命を預けなければならない業界が、こんなにいい加減とは。

…悩む。ちょっとだけ。

nekome1999 at 00:00コメント(0)トラックバック(0)告知に至る道 
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