2014年12月04日

在宅介護への道と周囲のパニック

現状:最後のCTは10/7。肺、胸膜からの肝浸潤が見られたけど、その後は検査なし。CT撮った時には何ともなかった肝臓はパンパンで硬く膨れていて、どう考えても結構な速さで進行している。その後やった検査は血液検査で、一か月様子見たけど血小板が落ち続けている。アフィニトールの副作用でもそれがあるので紛らわしかったのだが、たぶん肝臓の造血機能がやられている。この現状では、抗がん剤などを使った積極的な治療は無理。そのため、早めの緩和を進められる。友人に車で送ってもらった通院1時間も正直きつかった。家の近くの病院の緩和を申し込みつつ、遠距離通院はもう体力的に無理なので対応を考える。

介護保険はすごい。
11/6に通院している都内病院のガン相談室で介護保険と緩和の相談をしたら、その日に地域のケアプラザを紹介してくれ(夜9時までやっている)、そこで福祉士さんと相談。ガンの末期の場合には、介護保険の認定を待っていたら遅くなってしまう場合が多いとのことで、要介助、もしくは要介護のみなしでサービス提供が開始される(もし介護認定が予想より低かった場合には差額は利用者負担になるらしいが、それほど高額ではない)。

その翌日(金曜日)にはケアマネさんが決まって連絡をくれ、翌週月曜日には区役所から調査員の人が来て、火曜日にはケアマネさんと福祉士さんが自宅に来て、その週中にヘルパーさんの会社の管理者と実際のヘルパーさんが来て、何をして欲しいのかプランニングをして、さらにどんな介護用品(ベッド、トイレの手すりなど)が必要か業者の人も来て、在宅医療してくれる先生の初診を受けた。

翌週にはすべての介護用品が入り、追加の訪問介護の看護師さんたちも来て、訪問医療で先生が処方してくれるお薬を届けてくれる薬局も来た。丸二週間ですべてのセットアップがほとんど完了状態。ただ、契約、重要事項説明やら住所名前書いて捺印やら、搬入やアレンジ等の手続き数が多くて朦朧とした。ケアマネさん、ヘルパーさん、介護用具、訪問看護、訪問診療、配達薬局、その他その他、これ、お年寄り独居とかだったらどうなるんだろう?

今までの問題点は、息切れ、腹部膨張感、食欲なさ、倦怠感と咳、鼻水(謎のまま)。

それを元ナースケアマネさんと在宅ナースさんとで、「酸素入れた方が良いのでは」と在宅医療の先生に進言してくれ、酸素吸入人間になった。それまでは酸素濃度83、動くと78とかで脈拍は常に125以上とかだった。脂肪燃焼ゾーンではないのか?その後、酸素を2入れて、濃度90ちょい、脈拍90以下に落ち着いた。勿論動くと酸素は下がるし脈拍は上がるが、平常時の楽さは全然違う。ちなみに酸素濃度90以下は在宅酸素適応だと言う。そう言えば先月、肺炎の疑いがあった時の酸素は99とかだった。その後、ゼーハー暮らしをしている間に、低酸素状態に慣れてしまっていたのだろうか?

さらに在宅医療の先生が、ちょこっとステロイド使ってくれたり色々試してくれて、膨張感はあるけど、ちょっと食べてみようかな感が出て来たし、アレルギー性の薬が効いたのか、鼻水も減ってきた。咳は動いたり喋ったり食べたりしなければ出ない。

今までの病院の通院は1時間半、車でも1時間かかる。行くだけで疲れ、複数科診察で数時間、一日仕事になる。例えば抗がん剤を使っていたりしたら、月に一度の通院。その間の不快感などはよほど重篤ではない限り、自分で対応していく。でも、こうやって近くの機関で、大きな医療機関ではフォローしきれない日常生活の困ったこと&不快感などを診てもらえるようになって、すべての医療機関でその情報が共有されたら、本当はそれが患者にとっては一番なのではないかなと思う。看護師さんも先生も、毎回30分くらいづつかけてじっくり診てくれ、話を聞いてくれ、とにかく不快な症状を取り除こうと努力してくれるし、何より全身状態の悪い患者さんに慣れている。転移患者さんは、要介護まで行かなくても要介助が取れれば使えるサービスがあるので、是非活用するといいかもなと思った。


さて、独居なためか、毎日誰かが様子を見るようにスケジュールしてくれていた。11月に介護保険使っていたのは、ヘルパーさん週二回(プライベートで雇っているメイドさんはそのまま週1回)と介護用具。訪問看護師さん週一回と訪問医療の先生、酸素は、医療保険を使っている。何もかも至れり尽くせりでありがたかったのだが、独居の在宅って問題かもと感じることがあった。

定位置はリビングのソファだった。そこにゴロゴロ。じっとしていれば咳も出ないし、お腹の膨張感も余り気にならない。ところが、誰がピンポーンと来ると、よっこらしょと立ち上がって酸素チューブに気を付けつつキッチンの壁のパネルに行ってエントランスのオートロック開けるまでにハーハー&ヨロヨロ(疲労度1)。廊下歩いて玄関まで行ってドアの鍵を開け、挨拶してスリッパ等勧めるのにさらに疲労度2。一緒に居間に戻るのに疲労度3。座って体調説明したり、アドバイスを受けたりするので疲労度4。ヘルパーさんにはこれまた都度指示しなきゃならなくて、疲労度5。帰る時にはまた玄関まで見送って鍵かけるまでに疲労度6。居間に戻って疲労度7。それぞれにしばらくゴホゴホの咳発作付き。

何もお構いしていないのに、これ。本当に消耗する。一日にヘルパーさん、ケアマネさんが来たらこれX2だ。一人だけではなく、お休みの時の補助として看護さんやヘルパーさんが一度に3人来たりもする。何もせず、落ち着いていれば咳など出ない。トイレに行くのもキッチンに行くのも、ゆるゆると体を少しづつ動かせば何の問題もないのだが、オートロックピンポーンはとりあえず急いで出ないと、宅急便だかビジターだが新聞屋さんだか判らないので慌てて出るが、これも良くない。ここにお友達が「会いたい」と言ってくると、体調はどうかな?どのタイミングがいいかな?とパズルのように考えて、そして疲労度がプラスされるので、正直、疲れたら前でお腹出して横になっても気を使わない程度のお友達以外は負担になる。

もしこれらの対応をやってくれる家族がいたら、寝ていて診てもらうだけなので在宅はすばらしい。だけど独居ならたぶん入院した方が楽。さらにこの手厚い見守り感もありがたいのだけど、今まで具合が悪くても一人で籠って解決してきたオタクが、毎日他人が来てくれて心強いとか楽しいとか絶対に感じる事はない。いきなり人の性格は変わらない。むしろ気を使って居心地悪い。しかも自宅で。(緊急時に対応してもらえるという安心感は別として)

さらに考えなきゃいけないのは環境だけではない。自分の問題。これが終わりの始まりなのだったら、やっておかねばならない事はないか?余りに進行が速いので、自分の中でも色々折り合いをつけて消化していき、心残りのないようにしたい。何しろ「死ぬかもね」なんて状況は人生においてそう何度もないので、殆ど初めての経験。自分もたぶんテンパっているし、多少なりともパニックになっているのだろう。しかし、もっとパニックになるのが回り。

このセットアップで毎日誰かが出入りして忙しくて疲労困憊していた時に、友人達がパニックになって大騒ぎになった。まあ、この歳だと友人の死と言うのは大体事故などで突発的な物が多く、予告的な病死というのはかなり少ない。彼らも経験がないのでパニックを起こしたのだろう。

私は友人が基本的に少ない。
元々オタクで一人が好きだし、筆不精だったり、Keep in touchがどうも下手なので。だから「信じて何でも話せ甘えられる友人」と言って思い浮かぶのはせいぜい片手で数えるほどしかいない。それ以外に、今まで所属していた学校や社会や趣味関連などでは、再発の事も話せる程度の1人か2人の仲良しがそれぞれいる。そのうちの一人(ガンの再発は知っている)が忘年会の問い合わせしてきたので、「近々入院するかもだから、忘年会行けるか判らない。入院したらまたメールするね」とメールしたら、今日明日にでも死ぬのかと思ったらしく、普段、全然会わない友人達グループとかにまで連絡しまくったらしい。ある朝、ガラケーが一杯のメール受信で電池キレしかかっていて何が起きたのかと思った。励ましのメール多数しかも長文。しかも数年に一度くらいしか会わない人たち。

ガラケーをいまだに使っている事からも、私はスマフォなどでリアルタイムに誰かとコンタクトするのが好きではないし、その必要を感じていない。携帯メールだって必要最低限、週に何度かしかやり取りしていない。緊急時の待ち受け専用機だ。通勤は車だったし、家にはPCがあるし、仕事用の携帯もある。

さらに、女子(婆)皆で押しかけ、家で女子会(婆会)やられた。
疲れ死ぬかと思った。テイクアウトやケーキをたくさん持ってきてくれたが、私は食べられず、片づける体力もなく、残り物は無残に冷蔵庫の中でヘルパーさんが来てくれる日まで朽ち果てていた。数年に数回しか会わない友人達は、私がどんな人間かも忘れているのか元々知らないのか、絶対に見ないであろうアメリカのハクチとビッチしか出て来ないようなラブコメDVDコンプリートセットをお土産に。おまけに風邪でゴホゴホしている人まで「どうしても顔が見たかった」とやって来た。Aが行くと話すと、え、Aが行くの?じゃあ私も!あ、私も行ってもいいよね!とかなって芋づる式に増えたらしい。私は単にAが一人でまずは様子でも見に来るだけなのかと思っていたが、皆でお手洗いに行った懐かしい女子校時代のテイストは何十年経とうと変わらない。何なんだろうか?女性の本質?さらに男子会も企画して、皆で励ましてくれる予定だと言う。

頭がおかしくなってしまったのかと思ってしみじみ顔を見たら、溢れる善意(自分=ナイスアイデア)の高揚感でハイっぽかった。常識的に、いくら死ぬかもと言って、何年もあっていないような外部男子(爺)たちに、こんなぼさぼさ髪のパジャマ姿=ノーメイクで酸素吸ってゼーゼーしてまで会いたいと本当に思っているのだろうか?

でも、仕方ない。
友人が死ぬかもなんてシチュエーションを経験していないからだ。パニックになって、何かしてあげたい、あれもこれもと気ばかり焦って空回りしているのだ。自分だって、もし健康で逆の立場だったら、もしかしたら相手の体調も都合も考えずに、ただ良かれと思って同じ事をしたかもしれない。

DSC00011まずは自分。

進んじゃったがん患者さんは、そう繰り返して欲しい。友人達だけではなく、きっと家族もパニックになっている。何もかも初体験。でも、パニックから生まれ出た善意に振り回されてはいけない。変てこな善意競争がエスカレートして、今まで家に一度も来た事のない友人達がいきなり病院に送り迎えするだの、じゃあ自分は毎日食事作りに来るだの、じゃあ私も来て掃除洗濯してあげるだの、そうなると患者は置き去りにされて、単に回りの自己満足のためのツール化してしまう。

そういうサポートが好きとか、皆のために、皆を満足させて幸せなタイプの優しい人ならお互いに幸せでいいかもしれない。でも、私はそういう人間ではないし、基本的に家事や身の回りの事は、誰かに頼むより、お金払ってプロにやってもらった方が気楽なタイプだ。回りではなくて患者自身がどうしたいか。現実やこれから起こりうる事に折り合いをどうつけて、プライオリティをきちんとつけながら心安らかに次なる課題をクリアしていくか。環境と心理的安定。これらが整わなければ、これから現れるうんざりするような肉体的&精神的変化にまともに対峙できない。

善意に振り回されないように。
他人の善意は必ずしも正義ではないし、自分にとって一番の解決法でもない。

ただ、回りが誰も理解してくれないとか押し付けがましいとか、好きにさせてくれないとか文句もなるべく止めよう(戒め的)。きっと自分が逆の立場だったら、仲良しの友達でも、さほど仲良くなくても、きっと自分なりに何かしてあげたい、良かれと思って何かしようと思って、実際に花やフルーツでも送ったかもしれない。でも、本当に具合が悪い時には一人暮らしだと宅配すら受け取れない状態かもしれないから、生物は止めた方がいいし、最初に都合聞いた方がいいよね。

そして、もし回りに「死ぬかも」の友人がいたら、意志を尊重してあげて欲しい。きっと会いたかったり、何かして欲しかったりしたら向こうから言ってくるから、「必要なら言ってね」程度で、他の誰にも話さずにいて欲しい。皆に連絡して欲しかったら最初からそう言うよね。何かしてあげたい、困っているんじゃないかとか焦る気持ちは理解できるしありがたいけど、クールダウンして欲しい。

「会いたい」「顔が見たい」「メールで近況を教えて欲しい」、それらは本当に相手も希望しているのか?単に自分の押し付け願望ではないのか?ちょっと立ち止まって考えてみて欲しい。

友人が少ない私でも末期イベントに伴って相当ストレスだったのだから、普通に社交家の人とかはきっともっと大変なのだろうと思わされた。

(緩和の先生によると、本人が希望していないのに入院先を突き止め多数で面会に押し掛けるケースもあり、はっきり「来ないで欲しい」と相手に言えない患者さんの希望で、病院が面会を制限していると御断りするケースも結構あるとのことだった。「心配だから」の一言は決して免罪符にはならないのだけど、どこでも人間関係は複雑みたい。)

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と、言う訳でこの一か月、バタバタして終わってしまったが、入院できる事になった。緩和で個室。ああ、これで隔離されて自分の時間が持てる。黙っていても三食出てくるし、お薬も管理してもらえるし、お姫様のような生活だ。

…と思ったら、入院したとの噂でまた「会いに行きたい」「顔が見たい」「近況知りたい」と大騒ぎがさらにあちこちで。正直、心配してくれるのはありがたいけど、「またか」とがっかりした。

孤独なオタクは緩和に入ったからって、急に皆で集まってワイワイやりたい人間になったりしません。大人数は嫌いです。プライベートを広めたい人間になったりしません。毎日メールやり取りしたりしません。中には寂しくなってそういう変化がある人もいるかもしれませんが、私は違います。体調が良い1時間があったら、保険の事や遺言の話も進めておかなきゃならないし、身の回りも整理したいし、無理のない程度で「仕事」したい。お友達に託した猫達が無事に慣れてくれるまで見届けたい。

私が変わり者のオタクだと熟知している友人達は、今までと同じ頻度や距離感のコンタクトで「必要な事あれば連絡して」「返信不要」といつも通りに見守ってくれていて、ありがたい。その他の皆さんも、どうか私のオタク的価値観と生き方を今まで通りに尊重してください。人は急に変わりません。


お見舞いは基本的にお断りしています。
お気持ちだけで本当に十分です。特別に何かせずに、遠くで見守っていてください。それも友情です。どこに入院したのかとか、どうなっているのかとか、知り合いに聞き回らないでください。必要だと思ったら、必要なタイミングで私から直接話します。

落ち着くまでブログでコメント開示はしませんが、皆さんのメッセージは拝見しています。暖かい励ましのお言葉、どうもありがとうございます。

ネット環境が準備できたので、次は緩和での素晴らしい治療についてアップしようと思います。


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nekome1999 at 15:13コメント(0)トラックバック(0)緩和医療  

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